嗜好性薬物の世界

アッパーケミカルの歴史

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アイドルはクスリの売人 2015年9月末、「ある脱法ドラッグ業者(粉屋?)の製造工場で働いていた元アイドルが本を出すので、そのうちの一章を書いてほしい」との依頼があり、約11日間で『アッパーケミカルの歴史』という文章を書き上げました。内容は、日本を中心とした覚醒剤の普及の歴史と、ここ数年の脱法ドラッグ業界で起きていることをまとめた、概説論文となっています。この文章は2015年12月に『アイドルはクスリの売人』というタイトルのキンドル版電子書籍の後編として出版されました。

このページで全文を掲載しています(キンドル版書籍の後編とほとんど同じ内容です)。この文書は著作権フリーとしますので、ご自由に配布・使用して構いません。また、下記リンクより、縦書きで読めるファイルをダウンロードできます(印刷に適しています)。

アッパーケミカルの歴史 PDF版

本文

嗜好性薬物とは

 「薬」という名がつくものには、下記のようなものがある。


医薬品
病気を治す薬。医師の処方箋がないと購入できない「処方薬」と、薬局で一般に売られている「市販薬」がある。処方薬の中には、向精神薬指定の物や麻薬指定の物があり、こういった薬は依存性があるため、嗜好性薬物として乱用されることがある。また、市販薬の中にも依存性を持つものがある。
農薬
除草剤や殺虫剤など。ただし法律上、家庭用の殺虫剤が「医薬品」に分類されている場合もある。
火薬・爆薬
専門的には「高エネルギー物質」と呼ばれる。主に軍用や、土木工事、ロケットに用いられる。
試薬
化学実験のために使われる薬品。また、尿検査などに用いる「体外診断用医薬品」という物もある。
嗜好性薬物
よく「ドラッグ」や「乱用薬物」と呼ばれるもの。病気治療目的ではなく、精神作用を求めて摂取する薬物。

 このほかにも、工業用化学薬品や医薬品原薬、食品添加物など様々な分類がある。ミステリーでは「毒薬」がよく登場するが、これが国家の戦争の道具になると「化学兵器」という呼び方になる。この章では、このうちの嗜好性薬物について取り上げるが、筆者の知識レベルの限界から、主に覚醒剤を中心とした歴史の解説となってしまうことをご了承いただきたい。

 そして、嗜好性薬物には下記のようなものがある。


覚醒剤
睡眠薬とは反対に、眠気を失わせる作用を持つ薬剤。代表的なものはメタンフェタミンで、多くのものはドーパミン神経に作用して依存性が高いが、モダフィニルのようにドーパミン神経以外の部位に作用する物もある。
エンタクトゲン
エンパソーゲンとも呼ばれる。定訳はないが、多幸感を感じさせる薬剤のことである。主にセロトニン神経に作用し、母性的な多幸感、他者への信頼感を生じさせるが、逆に言えば警戒心は失ってしまう。MBDBやMDAIなどが純粋なエンタクトゲンだとされる。なお、有名なMDMAもエンタクトゲンの一種だが、これはセロトニン作用だけではなくドーパミン作用もあるため、「エンタクトゲン+覚醒剤」という性質を持つ。
オピオイド
阿片、モルヒネ、ヘロインなど、一般的に「麻薬」と呼ばれるもの。摂取すると多幸感が得られ、癌などで体に痛みが生じているときは痛みが治まるが、過量摂取すると死の危険が大きい。
大麻・カンナビノイド
大麻を摂取すると、楽しい気持ち、音楽がよく聞こえる感じ、食欲増進作用など、様々な作用が生じる。大麻に含まれる薬効成分であるテトラヒドロカンナビノール(THC)やカンナビジオール(CBD)を模した構造の化学物質は、人工カンナビノイドと呼ばれるが、大麻の作用に近い物もあれば、効き目が強すぎて量を間違えると強い精神異常を起こす物もある。
幻覚剤
文字通り、摂取すると幻覚(主に視覚的なもの)を生じさせる薬剤。有名なLSDのほか、2C系(フェネチルアミン系)、3C系(アンフェタミン系)、トリプタミン系などの構造がある。なお、覚醒剤乱用者が見る幻覚は「覚醒剤精神病」の症状であって、幻覚剤による幻覚とは根本的に異なる。
睡眠薬
文字通り、飲むと眠くなる薬剤。現在の主流はベンゾジアゼピン系(人によっては依存を起こす)であるが、最近は別系統のものも増加しており、多くの場合は処方薬として入手される。一方、「風邪薬の眠くなる成分」こと抗ヒスタミン剤も、睡眠薬として市販されている。なお、覚醒剤はドーパミン神経を興奮させる作用を持つが、睡眠薬はこれと正反対の作用をするわけではなく、覚醒剤と正反対の作用機構を持つ薬は「(定型)抗精神病薬」と呼ばれる別の種類のものである(こちらも眠気は生じる)。
溶剤系吸入物質
シンナーやライター用ガスのこと。古くは禁酒法時代に酒の代用としてジエチルエーテルが乱用された。
ラッシュ
ニトライトともいう。亜硝酸アルキル(アルキルとはプロピル、ブチル、イソブチル、シクロヘキシルなどの総称)のこと。これも揮発性の有機溶剤だが、一般のシンナーとは全く異なる作用を持ち、血管拡張作用がある。
解離性麻酔薬
いくつかの系統に分かれるが、フェンシクリジンやケタミンなどのアリールシクロヘキシルアミン系と呼ばれるものは幻覚作用もあり、また統合失調症の(主に陰性)症状を人為的に作り出す。麻酔力は弱いがデキストロメトルファンにも同様の作用がある。また、ガンマ‐ヒドロキシ酪酸やガンマ‐ブチロラクトンなどのGABA受容体系のものは睡眠薬としての効果もある。
スマートドラッグ
頭脳を明晰にする薬。やせ薬という意味ではない。「スマート」は英語で「賢い」という意味であり、痩せているという意味はない。
タバコ
一説にはヘロインよりも依存性が高いと言われている。
「薬物」と言えるのか疑問に思う向きもあるだろうが、「酒は百薬の長」という言葉もある。
カフェイン飲料
コーヒー、コーラ、お茶など。カフェインは弱い覚醒剤で、睡眠物質であるアデノシンの作用を打ち消し、間接的にドーパミン神経を刺激する働きがある。軽い催淫作用があり、馬に繁殖行動を起こさせるためにカフェイン剤が使われることもある。

 なお、「麻薬」という言葉は、法律上の定義と、医学・薬学における定義が大きく異なっている。本来、麻薬という言葉は医学・薬学用語ではオピオイドとほぼ同じ意味に使われていた(痛みを麻痺させる薬という意味)。しかし、麻薬及び向精神薬取締法では、MDPVなどの覚醒剤や、LSDなどの幻覚剤も「麻薬」という分類に指定している。なぜMDPVなどの覚醒剤が、覚せい剤指定ではなく麻薬指定にされているのかはよく分からない。

 この章のタイトルにある「アッパーケミカル」という言葉が何を意味するのかと聞かれると、一言で答えるのは難しい。基本的には、気分を高揚させる方向に働く薬物のことを総称して「アッパー系」と呼ぶ。その典型は覚醒剤であるが、エンタクトゲンや一部の抗うつ剤のように気分を好転させる薬物を含む場合もあるし、大麻も品種によってアッパー系とダウナー系に分けることができる(大麻は自然由来なので「ケミカル」の語は付かない)。近年流行した脱法ドラッグのうち、カンナビノイドと並んで業界を二分する人気を誇っていたのが、この「アッパーケミカル」と呼ばれるものであり、大部分の商品には覚醒剤(まれに純エンタクトゲン)に分類される薬物が配合されていた。業界人はもとよりユーザーも、不思議なくらい「覚醒剤」ではなく「アッパー系」などの横文字の表現を使いたがるが、彼らが店で売り、あるいは買って摂取している商品は、薬理学的に見れば紛れもなく覚醒剤なのであり、古くから依存症や精神異常の原因とされてきた薬物の一種なのである。筆者自身もこういった商品を買って摂取し続けた時は、その薬理作用により3日~5日ほど眠らずに覚醒していたことを覚えている。

 薬物の呼び名は、もしかすると筆者の考えている以上に、手を出すことに対する抵抗感の強弱に関わってくるのではないか、と最近思うようになった。違法な覚醒剤であるメタンフェタミンも、「スピード」や「S」、「アイス」といった別名で出回ることがあり、こういった呼び方は「シャブ」や「覚醒剤」といったイメージの悪い呼び方と比べると、若い人たちの抵抗感を薄め、気軽に手を出す一因にもなっている。実際、水谷修著『増補改訂版 さらば哀しみのドラッグ』には、「S」という薬を覚醒剤のことだと知らずにダイエット用に使用してやつれ果てた少女が、著者から「S」というのは覚醒剤の俗称であると指摘されると震えだして泣きはじめたという、嘘のようなエピソードが登場する。普段「アッパーケミカル」などの外来語で呼ばれることが多い物質や商品が、この章では「覚醒剤」と書かれているのを見て、少し戸惑う薬物経験者の方もいると思うが、筆者には商売上の理由で薬物の呼称を外来語にすり替える必要がないというだけに過ぎない。

自己拡大する販売網

 世界的に見れば、アメリカではヘロインの過剰摂取で命を落とすミュージシャンは多いし、ロシアでは「クロコダイル」と呼ばれる粗製デソモルヒネの副作用で手足が腐り落ちた人々の生々しい姿がYouTubeなどの動画で見られる。イギリスではMDMAが根強い人気だし、アメリカのヒッピーブームの時代にはLSDが大流行した。そして歴史的には中国が阿片戦争で混乱の渦に叩き落された例もある。しかし、なぜか日本ではそういった多種多彩なドラッグよりも、覚醒剤(特にメタンフェタミン)の人気が突出している。その理由として日本人の国民性を挙げる人も多いが、筆者の専門ではないのでここでは論じない。メタンフェタミンやコカインなどの覚醒剤の依存性は、ヘロインなどのオピオイドと並ぶレベルであり、興味本位で手を出して、思いがけず依存症になり一生を棒に振ってしまう人も多い。

 世の中には様々な災厄があるが、それらの中には、火災や伝染病(コンピューターウィルスも同様)のように、人為的に抑止しない限りどんどん自己拡大していく性質を持つ物がある。そして、覚醒剤やオピオイドのような依存性の高い薬物の売買を、法律などで取り締まらなかった場合には、薬物使用者の集団はこれらの災厄と同様に際限なく自己拡大していく運命にある。なぜならば、依存性薬物を体験した人々のうち一部はリピーター(再購入客)となり、さらにそのうちの一部は「給料や貯金をすべて薬物に使ってしまう」というレベルの重度の依存症になってしまうが、そういった人々は薬物を買う資金を捻出する方法として、「自分の周囲の潜在的に薬物に興味がある人々に対して、自分が買った薬物をより高値で売りつける」という手段を選択する場合があるからである。つまり、最初は単なる購入客だった人物がしばらくすると売人になり、さらにその客の中からも薬物にハマって売人になる人が現れるという繰り返しが起きるのである。どこかでこの連鎖を絶たなければ、この薬物販売ネットワークは際限なく拡大していくことになるだろう。

 このような、「消費者が販売者も兼ねる」というビジネスモデルは、実はアムウェイなどのマルチ商法(ネットワークビジネス)の在り方と同じなのである。店舗販売や通信販売などの通常の商取引では、販売店と消費者ははっきりと分かれているが、乱用薬物の密売行為やマルチ商法の世界においては、これまで消費者であった立場の者が販売者に転身することは容易であり、口コミで販売網が拡大していくことから、ある意味優れたビジネスモデルと言えるだろう。

 宗教においても同じ構図が存在する。宗教では伝道師が信者を獲得すると、次にその信者に対して、周囲への布教を始めるように促す場合も多い。つまり、伝道されて勧誘される立場だった者が、今度は伝道師となって新規信者を勧誘する立場の者になるのである。伝統宗教では、聖職者(伝道師)と一般信者が明確に分かれていることも多いが、新興宗教では、今日信者になった人が明日から布教を始める、といったことが許される場合もあり、教勢を大きく拡大しやすいシステムとなっている。
(参考:島田裕巳 『新宗教ビジネス』 講談社 130~140ページ)

 乱用薬物も、マルチ商法も、宗教も、社会の中で栄えるのには共通する理由があるのだ。問題は、マルチ商法や宗教なら、扱う商品の品質や教団の教義が優れていれば、むしろ社会の健全な発展を促すのに対し、薬物の場合、「ユーザー網の自己拡大性が高いドラッグ(売人に転身してでも購入費を捻出したいと思うほど魅力(依存性)があるドラッグ)」であればあるほど、「本人の人生や社会に対して有害で無益なドラッグ」である傾向が強いという事である。例えば覚醒剤やオピオイドは高い依存性と高い有害性を持ち、大麻は低めの依存性と低めの有害性を持つというように……。つまり、依存性(乱用者の自己増殖性)が高い薬物であればあるほど、その商取引を放置すれば、社会に大きな負の影響を与えてしまうのである。この事は、清朝後期の阿片乱用が中国全土に広がった時期のことを思い起こせば自明であろう。

デザイナードラッグ

 このような理由から、日本を含め多くの国ではハードドラッグ(乱用を放置すると社会に有害なドラッグ)に対する強い法規制が行われている。そのため違法薬物の売人は、常に警察の取り締まりに怯えながら日々の密売を続けるという、非常にストレスの強い仕事に耐えなければならないし、発覚して逮捕された場合は、重い刑罰が待っている。なお、日本ではユーザーも処罰されるため、違法薬物の使用を周囲に隠さなければならないし、逮捕リスクを許容できない人は違法薬物に手を出すことはないため、市場規模は限られたものとなる。なお、国によっては売人が処罰されるのみで、ユーザーに対する処罰がない場合もある。

 しかし、世の中には「ドラッグデザイナー」と呼ばれる人が存在し、今までになかった新しい薬物(デザイナードラッグ)を作り出すことがある。そして、そういった新型の薬物は法律では規制されていないため、「合法ドラッグ」や「脱法ドラッグ」といった言い方で公然と流通することになる。売人にとっては法的リスクが大きく減るし、また、違法薬物の使用者に対する処罰がある国では、違法行為に抵抗がある人でも合法ドラッグならば気軽に手を出せるようになるため、結果として購入者層は大幅に広がることになる。

 しかし、それらのドラッグが違法でないのは単に法律の改正が追い付かないためであり、逆に違法薬物よりも薬効が強くて依存性が高かったり、毒性が強くて死亡事故を招いたりする場合もある。ドラッグデザイナーがやっていることは、製薬会社で新しい医薬品を開発するための「創薬」と呼ばれる仕事と基本的には同じだが、正規の医薬品は動物実験や臨床試験を経て安全な物だけが販売されるのに対し、脱法ドラッグは、メーカーに頼まれた「テスター」と呼ばれる人体実験を請け負う人が摂取して安全性を確認してから販売される場合もあるが、テスターが一人でもいるのならまだいい方で、ひどい場合には誰も試さずにぶっつけ本番で販売されることもある。また、テスターがいたとしても、毎日のようにドラッグを摂取していると耐性が付いてしまい、一般人の適量の数十倍の量でないと効かなくなることがあり、商品に配合すべき量を大きく見誤ってしまう危険性がある。

 内藤裕史著『薬物乱用・中毒百科』の290ページには、ドラッグデザイナーについて下記のように書かれている。

――彼らの多くは練達の合成化学者で、反権力、科学的な好奇心、経済的な目的が絡み、勉強量はわれわれ現場の専門職(著者は麻酔科医・医学者)をはるかに凌駕する――

 おそらく、もっとも有名なドラッグデザイナーは、2014年に死去した「幻覚剤の錬金術師」ことアレクサンダー・シュルギンであろう。彼は2C系の幻覚剤や、5MeO-DiPT(ゲイに人気があった催淫剤)など様々な種類の薬物を開発し、その後のドラッグ業界に多大な影響を与えた。彼は幻覚剤を数百種類合成しつつ自分で摂取し、そのうち幻覚が生じる摂取量を記録した物は234種類にのぼる。また、MDMAはもともと1912年にドイツの製薬会社であるメルクが食欲抑制剤として開発した物質であったが、その後忘れ去られており、シュルギンが1970年代に再発見して世の中に紹介したため、1980年代からのMDMAを嗜好性薬物として用いるブームが始まった。

 シュルギンは、意図して精神作用のある薬物を開発していたが、意図せずに精神作用がある物質を世の中に送り出した科学者もいる。

 例えば長井長義(1845‐1929)は、麻黄という薬草(麻黄湯や葛根湯に含まれる)からエフェドリンという物質を抽出し、1893年にエフェドリンを化学変化させて水酸基をなくした「メタンフェタミン」と呼ばれる物質を合成した。これがまさに「シャブ」という俗称で呼ばれる、最も有名な覚醒剤である。しかし、この物質に覚醒作用があることは長井の存命中は気付かれず、医薬品として用いられるようになったのは1930年代に入ってからになる。なお、エフェドリンやその類似物質のうち水酸基が外れていないものは、精神作用が弱いために乱用性が低く、喘息の特効薬として現在に至るまで広く用いられている。

長井長義

長井長義(Wikipwdiaより引用

エフェドリン メタンフェタミン MDPV

左からエフェドリン、メタンフェタミン、MDPV

 また、ジョン・W・ハフマンは1980年代から様々なカンナビノイドを開発した。これらは彼のイニシャルを取ってJWHシリーズと呼ばれている。なお、合成カンナビノイドの研究者はハフマン以外にも数多く存在し、数多くの物が開発されているが、脱法ドラッグの世界では、JWH‐018など特にハフマンの開発した物の人気が高かったようだ。

 また、ドイツのベーリンガー・インゲルハイムという製薬会社(現在、日本のエスエス製薬の親会社)の研究陣は、1970年頃にMDPVという極めて強力な覚醒剤を開発して特許を取得した。何者かがこの物質の薬効に目をつけて乱用薬物市場に投入したところ、極めて強力な薬効によって大きな人気を得ることになった。ただし、MDMAと同様に構造中にメチレンジオキシ基を持ち、MDMAの原料として流通が監視されている「ピペロナール」という化合物を原料に使用するため、製造可能な国が限られてしまい、コストも高くなる。このため、類似物質のα‐PVPの方がドラッグ市場に出回りやすい。

 現在でも脱法ドラッグのデザイナーは存在する。ヨーロッパでは時々新しいドラッグが登場しているし、溝口敦著『危険ドラッグ』によれば、日本の「SSC社」という脱法ドラッグメーカーにいた「日米ハーフの天才薬剤師」は、MAM‐2201というカンナビノイドの開発者であるという(本当に世界初だったのかどうかは未確認)。また、彼はSSC社に来る前に新規化合物を開発したというが、ほとんど売れなかったようだ。考えてみればこの時期はまだ規制が緩く、ユーザーからの評価の高い数々の化合物が現役で売られていたため、ちょっと優れた新薬を出したところで目立った優位性はなかったのだろう。

 脱法ドラッグ業界では、シュルギンが開発したエンタクトゲンや幻覚剤、ハフマンやその他の研究者が開発したカンナビノイドなどの中から、評判の良い物を選んでハーブ(植物片に薬効成分を染み込ませたもの)やアロマ(薬効成分の水溶液)、あるいはそのままパウダーとして製品化していた。その化合物が規制されても、類似した薬効の化合物を選んでまた売り出すというパターンが長く続いていたが、本章の後半で述べるように日本ではこの仕組みが限界を迎えつつある。

覚醒剤の歴史

 覚醒剤の本格的な歴史は1930年代から始まる。それ以前もお茶やコーヒーなどのカフェイン飲料が人気を博していたし、コカインもワインなどに添加されていて上流階級に人気があった。しかし、カフェインはその作用があまり強力ではないし、コカインは効果がすぐに切れてしまい、内服した場合の効力は大したことがなかった(コカインをフリーベースにして加熱吸煙すると強い快感が得られ、依存性も強烈であるが、こういった「クラックコカイン」が流行るのはもっと後の時代になってからである)。アラビアではカチノンという覚醒剤が含まれる「カート」(別名チャット、アラビアチャノキ)という植物を摂取する習慣があったが、カチノンはカフェインなどと違って葉を摘むと早いうちに分解してしまうので、貿易商品にはならず地元で消費するしかなかった。

 現在、「覚醒剤」と聞いて真っ先に思い浮かべるのはアンフェタミンやメタンフェタミンであるが、両者は1890年前後に初めて合成されてから長らく日の目を見ることがなく、やっと1930年代になってからアメリカ、イギリス、ドイツで相次いで医薬品として商品化され始めた(日本で製造されるようになったのは1940年代からで、それまでは輸入でまかなっていたようだ)。しかし最初は天然原料のエフェドリンと同様に喘息・鼻づまりの治療薬として期待されており、覚醒作用に重きを置いた使用がなされるようになるのは、スペイン内戦(1936年~1939年)で夜間の戦闘や警備に用いられた頃からである。

 アンフェタミンやメタンフェタミンなどの覚醒剤は、第二次世界大戦期に日本やドイツで軍用に広く使われて重宝された。日本軍の航空隊は海洋上を長時間飛行する任務が多いため、パイロットの居眠り防止にメタンフェタミンが支給された。また、恐怖心を打ち消す作用もあることから、神風特攻隊の隊員は菊花紋章(天皇家の紋章)が刻印された「突撃錠」と呼ばれる覚醒剤を摂取することにより、勇敢に敵艦に突入することができたと言われる。また、軍需工場などには「猫目錠」という名前の錠剤が配られた。少なくとも突撃錠の方には玉露(カフェインの量が多くなる摘み方をした緑茶)の粉末が配合されており、カフェインとの相乗効果を期待していたようである。また、メタンフェタミンには瞳孔を広げる作用もあることから、夜間の暗いところでも物がよく見えるようになるという作用があったため、日本軍は夜間の任務に就く戦闘員に与えた。この「昼間でも瞳孔が大きく開く」という現象は、覚醒剤使用者を見分けるポイントのうちの一つとされる。

 また、ドイツにおいても兵士にはメタンフェタミンが支給され、戦闘に役立ったという。例えば1942年1月、マイナス30℃の雪の中で敵の包囲から逃れようと退却中の500人のドイツ兵に、ペルビチンというメタンフェタミン錠剤を支給したところ、疲れて行軍がままならなくなっていた兵士たちが、30分ほどすると元気を取り戻して行軍を再開することができるようになったというエピソードがある。メタンフェタミンには覚醒作用だけでなく体温上昇作用(エフェドリンにも同様の作用がある)もあるため、寒さに耐えて行動できるようになったという効果も大きい。しかし、ドイツでは1941年にはすでにこの薬の依存性や覚醒剤精神病誘発性が問題となっており、「危険薬」に指定されてもいた。

 ドイツ第三帝国総統のアドルフ・ヒトラー自身も、お気に入りの医師であるテオドール・モレルからメタンフェタミンを処方され(1942年以降は静脈注射もされた)、末期には自分で注射をするようになるほどの覚醒剤依存症になっていた。おそらくそのせいで大戦末期には異常な猜疑心を発揮し、不適切な判断のもと政治・戦争指導を行なったために国を滅ぼしてしまった。なお、ヒトラーはパーキンソン病を患っており、この病気はドーパミンが欠乏する病気であるから、覚醒剤はその症状を治すことができたというのも、ヒトラーが覚醒剤を手放せなくなった要因である(ただし、覚醒剤の使い過ぎは神経毒性によってパーキンソン病を悪化させるという説もあり、逆効果になっていた可能性も否定できない)。余談だが、このモレルはヤブ医者の典型とされる人物で、この人物がヒトラーの主治医だったおかげで、ヒトラーは精神や肉体の健康を害し、ドイツ第三帝国は滅びたと言っても過言ではない。モレルの診療がいかに酷かったかはウィキペディアに詳しく書かれているのでそちらをご覧いただきたいが、実はもっと優秀な医師は他にいくらでもいて、彼らはモレルの酷さをヒトラーに訴えていたのである。ではなぜヒトラーはモレルを更迭(こうてつ)しなかったのだろうか? おそらく、ヒトラーは覚醒剤依存症になっていたのと同時に、「いくらでも覚醒剤を注射してくれる医師=モレル」依存症にもなっていたのだろう。「名医」の条件を問われた際、普通は「患者からの評価が高い医師ほど名医であろう」と答えてもそう間違いではないだろうが、依存性薬物については例外である。

 1945年に日本が敗戦すると、それまで大量の覚醒剤を軍に納入していた製薬会社は、得意先がなくなったので、覚醒剤を民間に向けて大量に売るようになった。当時の新聞や雑誌には、堂々と「ヒロポン」錠剤などの覚醒剤の広告が載っている。当時は処方箋もいらずに薬局で簡単に購入でき、しかも酒よりも安価だったため(当時は米不足のため、米から作る酒もその値段が高騰しており、メタノール入りの密造酒が出回るなど、劣悪な状況だった)、あっという間に普及した。徹夜で受験勉強をしたい受験生や芸能人など、様々な階層に広がったのである。

 作家の坂口安吾は、自らもアンフェタミン(商品名はゼドリン)を愛用していたが、懇意にしていた将棋棋士の木村義雄(十四世名人)が1947年に升田幸三(名人)と対局する際に、木村にゼドリンを飲ませたことがある。スポーツで言えばドーピングだが、升田が前夜に飲酒して徹夜していたという事もあってか、勝利したのは木村であった。この経験が生きたのか、1949年の「済寧館(さいねいかん)の決戦」と呼ばれる対局では、木村はあらかじめ医師に処方してもらっていた覚醒剤を自分で飲み、塚田正夫(永世九段、名誉十段)に勝利している(済寧館は皇居内にある皇宮警察の柔道場)。ただし、この時の塚田も二日前に飲酒していた(当日も飲んだ疑いがある)。升田も塚田も飲酒の影響下での対局だったため、必ずしも覚醒剤の効果で勝てたのだとは断言できないが、覚醒剤は世界的にはスマートドラッグとしての効果に定評がある。もともと木村は年齢のせいもあって夜更かしに弱いので、対局が深夜に及ぶと判断力が鈍って負けることがあったが、覚醒剤を用いて眠気を除去することでその弱点が克服されたのだろう。
(参考:坂口安吾 『勝負師』 青空文庫)

 また、メタンフェタミンは喘息薬のエフェドリンと構造が類似しているため、気管支を拡張させて咳が出にくくなる「副作用」もあった。そしてこの効果は、歌手などの声を張り上げて歌う必要がある職業の人にとっては大変に歓迎されるものだった。実際、当時は多くの歌手が覚醒剤を愛用しているし、現在に至るまでもミュージシャンに覚醒剤使用者が多いのは、こういった事情も関係している可能性がある。また、ヒトラーは演説の際に覚醒剤を服用し、昂揚しながら身振り手振りを交えて大声で話した。つまり「覚醒剤」は「拡声剤」でもあったのだ。しかし、よく考えればエフェドリンと同様の作用なのだから、葛根湯や麻黄湯などのエフェドリンを含む漢方薬を飲めば、同じように気管支拡張作用が得られて歌を上手く歌えるようになるはずだから、ミュージシャンが違法薬物をあえて使用する言い訳としては認められない。

 余談であるが、近年の脱法ハーブには、ある時期からα‐PVPなどの覚醒剤が添加される例が多くなっていた。それ以前はハーブには主にカンナビノイドしか含まれていなかったのだが、こういった覚醒剤入りハーブが増えたのは、吸ったときに咳が出にくいという性質があったからではないかと思う。喉が痛くないハーブを作って売り出せば、客からも歓迎されるし、売れ行きが伸びるのは自然なことである。しかし、ハーブに覚醒剤が含まれるようになってからユーザーの依存症の度合いも深刻化していった。カンナビノイドは大麻と似た薬物であり、覚醒剤は大麻よりもはるかに依存になりやすいとされるから、こうなることは容易に想像できるだろう。覚醒剤吸煙時の快感の強さが人気を呼び、ついにはカンナビノイドを添加しない「アッパー系ハーブ」と呼ばれる純覚醒剤系ハーブまで出るに至った。

 話を戦後の日本に戻そう。当初、「便利な薬」と思われていた覚醒剤は、徐々にその負の側面を現し始める。覚醒剤をやりすぎると、「覚醒剤精神病」と呼ばれる、統合失調症(精神分裂病)とそっくりの幻覚・妄想を起こす例があることが分かってきたのである。覚醒剤精神病は乱用者の全員がなるわけではなく、血縁者に統合失調症の患者がいる人がなりやすいという傾向があるが、なる人は全体から見れば少数派である。しかし、通常の統合失調症の症状である幻覚や被害妄想に加え、覚醒剤による興奮・狂暴化の影響で、妄想による殺人事件などの凶悪犯罪に発展しやすいため、大きな社会問題となった。

 政府は1948年8月にアンフェタミンとメタンフェタミンを劇薬に指定した(ただし1949年3月までは1錠中1mg以下の製品は指定から除外されていた)。劇薬に指定されると購入時に認め印が必要になり、また14歳未満の人は購入できなくなる。しかし、そういった年少者でも周辺の大人に頼んでリベートを乗せて買ってもらうことが可能であった。当時は戦争で親を失った孤児が多く、覚醒剤を乱用する14歳未満の少年も数多くいたのである。

 そして、それまでは錠剤・散剤(粉薬)・注射剤ともに薬局で販売されていたが、政府は1949年に錠剤と散剤の製造に制限を掛けた。注射剤だけ野放しにした理由としては、一応「素人が簡単に注射に手を出すことはないだろう」といった判断があった可能性もあるものの、1951年の国会で大日本製薬(ヒロポン製造元)の東京支店長が述べたところによると、「薬剤の製造許可は1年ごとに出される。錠剤と散剤はちょうど製造許可の更新の時期が来て、再許可が下りなかったが、注射剤の更新時期はまだ先だったので製造を続けた」というくだらない理由が原因だった可能性が高い。しかし、実は同じメタンフェタミンでも、錠剤を飲むのに比べると、静脈注射をした方がはるかに快感が強く(注射直後から数分間にわたって、「ラッシュ」と呼ばれる至高の快感が体験できる)、格段に依存症になりやすかったのである。この政府の判断ミスが原因で、これまで内服で使用していた人の一部が注射に移行してしまい、以後の日本の覚醒剤乱用者の世界では、静脈注射による摂取が主流になってしまうのである(例えばタイでは覚醒剤乱用が問題となっているが、錠剤タイプが主流である。錠剤を加熱して吸煙することも多いようだが……)。本来、ヒロポン注射液は心臓への負担を避けるため皮下注射するものであったが、静脈注射をするとラッシュが体験できることが分かると、多くの人は自然にそちらを選ぶようになった。それまでは、人々が覚醒剤を内服や皮下注射で摂取するのは、その薬効を利用して勉学や夜勤などの作業をするためであり、摂取行為そのものに快感が伴っていたわけではなかった。しかし静脈注射の一般化に伴い、注射直後のラッシュを体験するのが最大目的になる例が多くなった。なお、「炙り」と呼ばれる方法が流行るのはずっと後の時代であり、また粉末を鼻から吸う「スニッフ」は、日本ではコカイン使用者には見られるものの、メタンフェタミン使用者にはほとんど見られない(コカインと違って表面麻酔作用がないため鼻が痛くなる)。

 注射液の方が錠剤よりもはるかに乱用リスクが高いことは当時の人も強く認識しており、1951年の国会で、都立松沢病院(精神科病院)の院長である林暲(しょう)氏は「私どもがまれに医薬として用いる場合もほとんどこれは内服で済ます、内服のほうがむしろ使うのに普通のやり方だと思っておりました。これが非常に注射がはやる。また私(議事録の原文のまま)らは針を刺して注射するということに一つの魅力を持っておるので、余計やりたがる。また実際作用も早ようございますから、いっぺん味をしめると、手っ取り早いからどうしても注射する。それで一度に十筒(「筒」はアンプルのこと)とか、ときには二十筒ぐらい刺すというような人まで出て来て、一日それを数回繰返す。で、だんだんこれがなくてはもの足りない状態になりまして(後略)」と発言し、警視庁防犯部少年第二課長は「注射液は効果が同じであるならば止めてもらいたい。粉末か、錠剤だけにして頂きたい」と発言している。ただし、本来注射液であるアンプルを口から飲んで使う人も多かったそうだ。

 そして、製薬会社製の覚醒剤が薬局で買えなくなると、類似品を密造する者たちが現れ始めた。現在、密売されるメタンフェタミン塩酸塩はほとんどの場合結晶または粉末であり、覚醒剤と言えば「白い粉」というイメージがあるが、当時は水溶液がガラスアンプルに入った注射液の形で出回ることが多く、密造者たちは製薬会社のラベルの偽物を印刷して貼り付けていたのである。また、製薬会社自身が「密造」を行なってもいた。例えば最近エボラウィルスに対する特効薬「ファビピラビル」で有名になった富山化学工業(現在、富士フィルム傘下)も当時覚醒剤を製造していたのだが、製造割り当て量は5万1千本なのに1000万本も製造していたことが発覚して、短期間の営業停止処分(国会議事録の国会議員の発言より。一方、佐藤哲彦(あきひこ)著『麻薬とは何か』では、わずかな罰金のみで済んだとされている)を受けた。富山化学の例は特別だとしても、製薬業界全体で見ても製造割り当て量の3倍の注射剤が生産されていたのである。

 1951年には覚せい剤取締法が成立して、アンフェタミンとメタンフェタミンの一般使用が違法となった。当時の罰則は、営利犯でも使用犯でも変わりなく、最高刑は懲役3年であった。しかし、そう簡単に依存性薬物をやめられる人ばかりではなく、この後も5年間ほど覚醒剤乱用者の摘発件数が多い時期が続いた。1945年~1957年の時期は「第一次覚醒剤乱用期」と呼ばれるが、このあと1970年代から始まる第二次覚醒剤乱用期に差し掛かるまでは、警察による覚醒剤乱用者の摘発件数が非常に少ない時期が続いている。一部で「日本の高度経済成長は覚醒剤(メタンフェタミン)が支えた」という言説が見受けられるが、高度経済成長期とは一般的には「1960年代以降」または「1955年~1973年」とされ、むしろ統計上は覚醒剤乱用の少ない谷間の時期に重なっている。戦後の混乱からの急速な回復にアンフェタミンやメタンフェタミンが力を貸したというのは間違いないであろうが、その後の本格的な高度経済成長は日本民族の本来の力によって成し遂げられたものではないだろうか。

 1970年~1994年の時期は「第二次覚醒剤乱用期」と呼ばれるが、1973年には覚せい剤取締法の罰則が重くなり、単純な所持・使用の最高刑は懲役10年、営利輸入の最高刑は無期懲役となった。この時期の違法覚醒剤はほとんど固体の物になっており、例えば1973年に押収された覚醒剤は、粉末・錠剤が計34kgだったのに対し、液体はたった33mLである。1981年には覚醒剤乱用者であった川俣軍司による、4人が死亡した深川通り魔事件が起こる。川俣は逮捕直後、「俺には電波が引っ付いている。電波の指示で職場を奪われたので、黒幕をあばく目的で人質を取った。俺はサムライだから、殺された町人も幸せだろう」と供述した。その後、裁判所で(当然もう覚醒剤は抜けている)一体電波とは何ぞやと聞かれ、「たとえば私の体の部分部分にですね、目・鼻・口・耳に寸刻の休みもなく流れる電波、男女の異常きわまる声。具体的に申しますと、さきほど言ったホモ行為、同性愛に関することに終始しているわけです。そして言葉、行為に関連する、異常なしつこい心理的方法によって、私の体の部分部分に異常にしつこい電波、たとえばフラッシュですね、フラッシュ。それに類似したものによって意識を、その男女の行為に合わせ、鼻ですと電波によって意識をそこに集中させ、フラッシュに類似した方法によって閃光がですね、22回パッパッと意識させられる。その22回が突然ストップ状態になり、その言葉に関連して自分が息を吸うたびに、逃げられないつらい立場に追い込まれる」と、文字通り意味不明な供述をした。これがきっかけで頭がおかしい人のことを「電波系」と呼ぶようになった。

 欧米では1980年代に、MDMAを飲んでパーティー(音楽系が多い)に参加する若者が増え始めた。MDMAのようにエンタクトゲンの性質を持つ薬物には、セロトニン放出作用やオキシトシンというホルモンを増やす作用があり、結果として多幸感や他者への信頼感、食欲低下などが生じる。その薬効は、その日初めて会った相手に対しても、まるで子供の頃からの親友のように思えてしまうほどであり、イギリスではカップルが一緒にMDMAを飲んで、恋愛感情以外何も考えられなくなって翌朝には婚姻届を提出してしまい、薬が切れて冷静になると後悔して離婚してしまうという「できちゃった婚」ならぬ「飲んじゃった婚」が多発するという。依存性も低く覚醒剤と比べれば無害とされるエンタクトゲンだが、もし重要な商取引の際に相手に飲ませれば意のままに有利な契約を結べてしまう可能性があることを考えると、悪用に警戒する必要はあるだろう。2000年代には、メチロンというMDMAとよく似た作用を持つエンタクトゲン・覚醒剤が脱法ドラッグ市場で流行したが、2007年に麻薬指定された(解熱剤に同名の物があるが無関係)。MDMAは「エクスタシー」という錠剤の形で出回ることが多いが、2008年にカンボジアで製造原料が大量に押収されたため、それ以降は品薄になり、MDMA以外の物質を多く含むエクスタシー錠剤が多くなっている。特にPMAという代用物質が含まれるものは危険性が高い。

覚醒剤利用法の変化

 1950年代は、違法な覚醒剤の用途は主に勉学や疲労回復、夜間の眠気覚ましなど、真面目なものが中心だった。しかし時代を経るにつれて、その通称も「ヒロポン」から「シャブ」に変わり、用途も「セックスのため」というものが増加するようになる。例えば1955年に発行された書籍によれば、兵庫県の統計では「性交感度を増す」という使用動機は384例のうち1例のみだったが、1979年の警察白書では、女性655例のうち76例が使用動機を「セックスのため」と回答している。覚醒剤のようなドーパミン神経を刺激する物質は、性的な快感や性的興奮を増幅させる効果がある。ただし、男性の場合は勃起しにくくなったり、射精が困難になったりするなど、必ずしもメリットばかりではないが(早漏の人にとってはメリット?)、女性の場合はそういった事情は関係ないため、女性はキメセク(薬物摂取中のセックス)依存になりやすいと言われる。

 覚醒剤をライターで加熱して煙を吸う「炙り」と呼ばれる摂取方法は、まずハワイから広がり始めて1980年代以降の米国でクラックコカインとともに流行し、その後を追うように日本でも1990年代に流行り始めた。アルミホイルとストローを使うよりも、ガラスパイプという専用の道具を使う方が無駄が少ない(が、道具を見られた時に言い訳が効かない)。炙りは、注射と比べて「危ないイメージ」や「非行しているという意識」が薄れるので、暴走族などの不良少年だけではなく、ヤクザとのつながりが薄い「普通の子」たちにとっても気軽に手を出しやすくなり、乱用が広がる一因となった。しかし、炙りは注射と比べてHIVや肝炎などの感染症にかかりにくく、また血圧上昇による脳出血を起こしにくいという点では安全だが、注射よりも摂取量が多くなりがちであるため、覚醒剤精神病になるまでの期間はずっと短く(初期症状が現れるまでの期間は、炙りは1.5年、静脈注射は4.8年)、決して勧められる摂取方法ではない。1995年以降の時期は「第三次覚醒剤乱用期」と呼ばれる。この時期には「ダイエットのため」という摂取動機が増え始めた。なお、それまで不良少年に流行していたシンナー吸引は、この頃から急速に人気を失っていく。

覚醒剤の密造と密売

 第一次覚醒剤乱用期では、密売されるメタンフェタミンはほとんど日本国内にあった物だった。この当時はまだエフェドリンが容易に入手できたので、それを用いて国内で密造する行為も広く行われた。当時は、在日朝鮮人が密造・密売にかかわるケースが多かった。第二次覚醒剤乱用期には、1980年代初めに日本の密造者たちが韓国や台湾に拠点を移動したことも一因で、韓国と台湾から日本への密輸入が増加した。しかし、両国における取締りの強化により、1990年代に差し掛かるとこの両国からの密輸は途絶えるようになった。なお、第二次乱用期の日本での密売行為にはヤクザが関わるケースが多かった。

 そして第三次覚醒剤乱用期になると、中国や北朝鮮を供給源とするものが多くなった。中国での密造が行われるようになったきっかけは、台湾での取り締まり強化に伴って、密造グループが香港や中国(本土)に移動したためだという。中国の北部は麻黄の栽培に適した気候で、中国で摘発された覚醒剤密造者の90%が麻黄を原料としていたと言われるが、麻黄から製造したメタンフェタミンは「D‐メタンフェタミン」という覚醒作用が強い立体異性体(光学異性体)であり、市場からの評価が高い(フェニルアセトンを原料とした化学合成品は「DL‐メタンフェタミン」で、評価は劣る)。また北朝鮮ではもともとヘロインを製造して外貨を稼いでいたが、1996年の天候不順で原料であるケシが凶作になったため、国家ぐるみで覚醒剤を製造し、日本へ輸出するようになったという。近年は北朝鮮からの密輸は少なくなり、中南米諸国やアフリカからの輸入が目立つようになってきている。なお、第三次乱用期では密売者として新たにイラン人の存在が大きくなっている。

 前記のように、コリアンなどの外国人が日本の覚醒剤乱用に力を貸していたというような話を書くと、一部の愛国的な人は「日本は一方的な被害者だ」という思いを抱いてしまうだろう。しかし、この問題においては日本人もまた加害者である。実は韓国や台湾ではもともと覚醒剤の乱用がほとんど見られなかったのだが、日本国内の取り締まり強化によって周辺国に移動した密造団(韓国人もいるが、基本的には日本のヤクザが取り仕切っていた)が、現地で覚醒剤の密造を行なって日本に輸出するという過程で、密造拠点の周辺から徐々に覚醒剤乱用の風潮が始まり、まるで疫病のようにその国の国内に広がり始めたのだ(例えば1975年の韓国の習慣性医薬品管理法の違反者は、密造犯47人、密売犯90人に対して、使用犯はたった4人に過ぎず、まだこの時期は日本への密輸出が中心だった)。そして日本の第二次乱用期よりも一足遅れで、韓国も1980年頃からは国全体が覚醒剤問題に悩まされることになってしまったのである。

 日本ではエフェドリンなどの覚醒剤原料に対する規制が強いため、諸外国と比べれば違法覚醒剤の密造は困難である。1969年ごろには一時的に密造事件が増えたものの、悪臭を発するので発覚しやすく、手を出す人は減って行った。また1990年代にはオウム真理教がメタンフェタミンやLSDなどの薬物を密造して自教団での修行に用いており、メタンフェタミンは外部に密売していた疑いがあるが、「サリン事件などの重要な裁判を優先するため」という理由で薬物密造容疑については公開裁判で審理されないことになり、真相は闇に埋もれてしまった。近年はオウム以外に大規模な密造行為は発覚していない。また、脱法ドラッグにおいても状況は同様で、なぜか合法であるにもかかわらず国内での原料製造はほとんど取り沙汰されず、中国などの諸外国からの輸入に頼っているケースがほとんどだった(原料化合物をハーブにまぶすなどの作業は、日本で実行される場合も多かったが)。このため、外国からの原料輸入を防止すれば脱法ドラッグの製造を容易に抑制できる状態であり、2014年末ごろから、たとえ日本法で未規制の化合物であっても、輸入後の配送先が脱法ドラッグ業者であったりする場合、税関で意識的に検査期間を長引かせて足止めしているうちに、法律でその化合物を薬機法の指定薬物に指定するといった超法規的な措置(いわば国家による脱法行為である)が行われている。そのため、一部の業者では旅行客の手荷物として持ち込ませるなど、違法薬物さながらの密輸入が行われたりもしているという。

 メタンフェタミンの製造法には、エフェドリンにヨウ化水素酸と赤リンを作用させて水酸基を除去する方法、フェニルアセトンにメチルアミンを作用させてから還元剤で還元する方法(還元的アミノ化)、フェニルアセトンにメチルホルムアミドを高温で作用させた後、酸で処理する方法(ロイカート法)、低温の液化アンモニアにナトリウムまたはリチウムを溶かし、エフェドリンの水酸基を除去する方法(バーチ還元)などがある。なお、プソイドエフェドリンというエフェドリンの立体異性体も同じように使用できる。また、エフェドリンに過マンガン酸カリウムを作用させればメトカチノンという別な覚醒剤になるが、この方法は低コストで可能なためロシアなどで流行ったことがある。

医薬品の覚醒剤

 市販の医薬品の中にも覚醒剤に近い作用を持つものがあり、時として乱用が問題になる。たとえばブロンという咳止め薬のシリーズのうち、ある商品にはメチルエフェドリンという弱い覚醒剤と、ジヒドロコデインという弱いオピオイドが含まれており、正規の用量を大幅に超えて飲むと意識の変容が起こり、それが気に入って依存症になる人もいる。ブロンの乱用はどうも1975年ごろに横須賀の米軍基地周辺から始まったようで、在日米軍内にも乱用者は多いという。なお同じく風邪薬であってもアセトアミノフェンが含まれているものは、大量摂取すると肝臓障害を起こし命にかかわるため、あまり乱用者には好まれない。また、葛根湯や麻黄湯といった漢方薬には麻黄が含まれており、これの薬効成分はメタンフェタミンと構造が類似したエフェドリン類であるから、多少の覚醒作用があり、就寝直前に飲むと入眠しにくくなる場合もある。なお、エフェドリン類はドーパミン神経に対する作用よりもノルアドレナリン神経に対する作用の方が強いため、スマートドラッグとしてはそれほど優れていない(人による)。

 かつて、医療機関ではメチルフェニデートという覚醒剤(商品名リタリン)が多用されており、時に依存症患者を生むことがあった。この薬はナルコレプシーという突然眠気を催してしまう病気の治療薬として用いられるほか、うつ病の治療薬としても用いられていた。現在、抗うつ剤としては三環系、四環系、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害剤)などの種類があるが、メチルフェニデートはこれらとは異なるNDRI(ノルアドレナリン・ドーパミン再取り込み阻害剤)に分類される。要するに覚醒剤なのだが、リタリンをうつ病に対して用いた場合、即効性があったために患者の主観としてはある意味よく効いたのである。しかし薬効の強さは乱用の危険性と表裏一体であり、よりハイな気分を求めて用量が増え(耐性が付きやすいことも原因)、複数の医院を掛け持ちして別々に処方を受けるといった乱用問題が多発してしまい、うつ病に対するリタリンの適応が打ち切られたのである。しかし、実はリタリンはADHD(注意欠陥・多動性障害)に対しても効果があるため、本来は適応外のADHD患者にも処方されていたのだ。それが強制的に打ち切られることが当事者にとっては大きな問題となったが、その後メチルフェニデート徐放剤カプセル(体内で薬がゆっくり溶け出す構造になっている)の「コンサータ」が出現したことで現在は改善されている。もともとこの問題は毎日新聞が精力的に取り上げたために規制の強化につながったのだが、報道の行き過ぎを指摘する声もあり、毎日新聞の第三者機関「開かれた新聞委員会」では、委員4人中3人が毎日新聞の報道について問題視している。

メチルフェニデート ブプロピオン

左からメチルフェニデート、ブプロピオン

 海外で用いられている医薬品にブプロピオンというものがあり、こちらもメチルフェニデートと同様にNDRIである。ADHDやうつ病にも効き、またタバコをやめるのを支援する効果もあるという。作用はメチルフェニデートよりずっと弱く、大量に飲むと消化器系の副作用が出るため、根本的に乱用しにくい薬である。NDRIの共通点として耐性が付きやすく、数か月間ほど連用すると効きにくくなるという。この薬は個人輸入可能であり、筆者(体重70kg台)もたまにスマートドラッグとして150mgを飲んでいるが、この量だと副作用は気にならない。効果の方は、自分では効いているのかどうか分からないレベルであるが、非処方薬としてはこのくらいがちょうどよいのではないだろうか。

近年の脱法ドラッグ

 筆者が初めて脱法ドラッグを体験したのは、2012年の夏の終わりごろだった。きっかけは何であったか忘れたが、脱法ハーブショップに立ち寄って、「ヴィーナス」という第6世代のアッパー系アロマを買って自宅で飲んでみた。舌がしびれ、しばらくすると動悸が激しくなった。オナニーの快感を高めるという話だったが、あまり使い勝手が分からず、薬効が比較的早く切れたこともあって、特に強い印象は残らなかった。その後、1か月も経たないうちにまたそのショップに行ったのだが、その時言われた言葉が今に至るまで記憶に残っている。ショップに入ると、店員がこちらの顔を見るなり「久しぶりですね!」と驚いたように声を掛けてきたのだ。この間行ったばかりなのに、なぜ久しぶりと言われるのか分からず、「(筆者)3週間くらい前にも来ましたけど?」「(店員)ええ、久しぶりじゃないですか」とのやり取りの後、「もしかして週に1回くらい来る人も多いんですか?」と尋ねると、店員は平然と「そりゃもう毎日来る人もいますよ。1日2回来る人もいますね!」と答えたのである。この言葉は当時の自分にとっては大きな衝撃だった。筆者と面識のある知人の中にはドラッグ愛好者はいないし、薬物依存症者を生で見た経験はない。しかし、この店員の言動を通して、世の中にはそういう人がいるのだという事を肌で感じ取ったのである。その後、この時のやり取りを時折り思い出しては、「自分が販売側になれれば……」と空想するようになったのだが、これは未だに実現できていない。

 また、「ゴールドスネーク」というカンナビノイド系ハーブを買って吸ってみたこともあるが、クーラーの効いた部屋で吸ったためか、吸ってしばらくすると体がガタガタと震え始めた。寒さに対する感覚が過剰になったのだろうか? 「ハーブを吸ったときは部屋から出ないようにする」と決めていたので、たまたま部屋にあったドライヤーで温風を体に当てると、震えは治まった。その後、アッパー系のドラッグはよく買い求めるようになるが、カンナビノイド系の物は耳鳴りもするなど体質に合わず、ほとんど試さなかった。

 このように、筆者のドラッグ遍歴は2012年から始まっているので、正直に言うとそれ以前の情勢については疎いし、カンナビノイドや幻覚剤、エンタクトゲンについても経験不足であり、覚醒剤中心の限られた知識しか持っていないが、分かる範囲で2012年~2015年の脱法ドラッグの流れを追ってみる。

 日本の脱法ドラッグ市場では、2009年頃から商品を「第○○世代」と呼んで、規制の時期ごとに世代分けしていた。2014年秋の第17世代ごろの時期までは、よく商品説明に「第○○世代対応」と書かれていたが、なぜかこの時期あたりからこういった表記をするメーカー・ショップが急減し始めた。

 強力なピロバレロン系覚醒剤であるMDPVは、脱法ドラッグブームの始まる前である2009年に薬事法指定薬物に指定されたため、あまり日本では広まらなかったが、類似した薬効を持つ「α‐PVP」は、2012年の中期~末期にあたる第6世代を代表する物質であり、高い人気を誇っていた。なお、α‐PVPは2012年末に薬事法の指定薬物に指定されたが、ユーザーたちがその落胆から冷めやらぬうち、今度は2013年初頭に麻薬指定された。実はこの物質は、違法薬物市場でもメタンフェタミンの代用として出回っており、麻薬指定することでそれを食い止める必要があったと言われる。その後もペンテドロンなどが流通するものの、第6世代までの勢いを取り戻すことはなかった。

 2013年12月時点で薬事法の指定薬物は1362種類(カチノン類以外も含む)存在したが、2014年1月に薬事法で「カチノン包括指定」と呼ばれる大規模規制が行われ、一挙に474種類のカチノン系化合物が指定薬物に追加された。カチノン類には覚醒剤やエンタクトゲンが多く、それまでは中国から安価に供給されていたため、アッパー系脱法ドラッグ業者は大打撃を受けることになった。そして包括指定と歩調を合わせるかのように、同じ月に「アップ屋」というアッパー系ドラッグ大手通販サイトが閉店し、業界の衰退を象徴する出来事として大きな話題になった。

 2014年は、脱法ハーブを吸ってから自動車を運転して交通事故を起こすという事件が多発した年でもあった。筆者はカンナビノイド系ハーブについてはあまり詳しくないのだが、おそらく脱法ハーブに用いられる原料カンナビノイドに、突然の意識喪失や精神異常を起こす危険度の高い物が用いられたか、あるいはジフェニジンのような解離性麻酔薬がハーブに配合されたのが原因なのではないだろうか。なお、筆者のカンナビノイド摂取経験は数えるほどしかないが、これまで試した物のいずれも吸入から5分ほど経って薬効が最高潮になる物ばかりだった。このように、吸煙による摂取の場合でも覚醒剤と違って数分間のタイムラグがあることは、初心者の過剰摂取を招きやすいという危険性もあった。こういった物もある一方で、2014年に出回ったカンナビノイドの中には、吸煙して数秒で意識を失ってしまうという超即効性の物もあったようだ。それを摂取した人の姿を目撃した人によると、「その知人は吸った直後、ライターに火をつけたまま体が固まっていた」とのことである。また、「火のついた葉を持っているときに数分間ほど意識を失い、ベッドが直径15cmほど燃えたところで意識を取り戻して慌てて消火した」という人もいたし、吸煙の前後の記憶がないという「健忘」が生じた人も何人かいた。初期の世代のカンナビノイド系ハーブは比較的大麻に近い効きだったが、規制が繰り返された結果、どんどん大麻とは程遠い異常な薬効を持つカンナビノイドしか残らなくなったのである(森鷹久著『脱法ドラッグの罠』によれば、特に第4世代から第5世代に切り替わる際に大きな変化があったようだ)。過去のカンナビノイドの感覚に慣れていたユーザーが、高をくくってこういった即効性のカンナビノイド系ハーブを吸った結果、破滅を招いた可能性もある。

 6月24日には世間を揺るがせる暴走事件が発生した。池袋で乗車中に「総統」という脱法ハーブを吸った人が、直後に意識をなくして猛スピードで車を暴走させ、死者一人を含む多数の被害者を出した。この事故を受けて、政府はそれまで一般的に「脱法ドラッグ」と呼んでいた呼称の名称変更を決め、急遽ネーミングを募集した結果、7月に「危険ドラッグ」という呼称が採択された。しかし、「危険ドラッグ」という言葉を文字どおりに解釈すれば違法薬物のヘロインは当然あてはまるであろうし、合法なのか違法なのかが区別できないという問題がある。この事故を受けて厚生労働省は、「待ってました」とばかりに、従来の規制時の手続きとは異なる「指定手続きの特例」と呼ばれる手続きによる規制を実施した。これまでは指定薬物審議会で決定された規制候補化合物に対する「パブリックコメント」という意見募集を行なっていたが、今回はこれを募集せず、また規制確定から施行まで1か月間の余裕があったのが10日間に短縮された。この緊急指定では「AB‐CHMINACA」、「5‐Fluoro‐AMB」という2物質のみが規制されたが、これは両方ともカンナビノイドであり、6月の事故の原因となった脱法ハーブに含まれていた物質である。しかし、「特例」という名は付くものの、その後は毎回この特例が適用され、これ以降は常に1か月に1回のペースで薬事法指定薬物が新規追加されるようになり、もはや「特例」から「日常」になってしまっている。

 下記のように箇条書きにしてみると、2014年7月以降は指定薬物への新規指定のペースが速くなったことが分かる。★は麻薬指定で、それ以外は薬事法・薬機法の指定薬物への指定。

  • 2012年11月16日
  • ★2013年3月1日
  • 2013年3月22日(カンナビノイド包括指定、対象は772種類)
  • ★2013年5月26日
  • 2013年5月30日
  • 2013年7月28日
  • 2013年11月20日
  • 2014年1月12日(第一次カチノン包括指定)
  • ★2014年1月19日
  • 2014年4月5日
  • 2014年7月11日
  • 2014年7月25日(初めての緊急指定)
  • ★2014年8月1日
  • 2014年8月25日
  • 2014年9月29日
  • 2014年11月8日
  • 2014年11月28日
  • 2015年1月5日
  • 2015年2月9日

(これ以後も本書執筆時点まで1か月間隔の新規指定が続いている)

 2014年8月にはピロバレロン系覚醒剤の最後の砦と言われるα‐PHPが規制され、9月以降はアッパー系ユーザー受難の時期が続いている。また12月には脱法ドラッグ(規制済み化合物も入っていた)を摂取した人が隣人を刃物で傷つけた事件があった。犯人は駆けつけた警察官に「俺が刺したんだよ~! 薬飲んでやっちゃった~!」と言い、その後の取り調べでも「しぇしぇしぇのしぇー」と迷言を吐くなどして、どうしようもなかったので病院で解毒剤を投与しなければならなかった。この事件は後述のハートショット事件とともに、文字通りの「危険ドラッグ」ぶりを社会に知らしめた。2015年5月には第二次カチノン包括指定が実施されて適用範囲が拡大されたが、この頃はすでに脱法ドラッグ産業は崩壊しており、単なる追い討ちに過ぎなかった。

ハートショット事件と、情報の自由

 2014年の9月には、「ハートショット」という商品名の脱法ハーブの使用者が15人以上(10月以降の分も含む)中毒死した事件があった。このハートショットは、国内最大手の脱法ハーブメーカーだったSSC社の実質的な後継メーカーであるHyper Cool社(溝口敦著『危険ドラッグ』ではSSC社と同一視されている)よりゴールド、レッド、ブラックの3種類が出荷されており、大手メーカーの商品だったこともあって結構多くのショップに出回っていたようだ。ところが、9月中旬ごろから「ハーブwiki」という、脱法ハーブの紹介ページやユーザーの口コミを書く掲示板がある情報サイトの「ハーブ情報交換ルーム3」という掲示板に、下記のような阿鼻叫喚の叫びが散発的ながら書き込まれ始めたのである。


  • 「ハートショット(どっちのかわからん)をサンプルで貰ったが・・・・あれやべぇ ひきつけ起こして泡吹いたわ・・・・・」 (9月16日。「どっちのかわからん」は3種類のうちどれなのか分からないという意味)
  • 「ハートショットレッド、スパイラルに似てると言われて試してみたけどホントにヤバイからお勧めしない。確かに香りは似ていたけどぶっ倒れて、気が付いたら色々漏れてました…」 (9月17日。「スパイラル」は8月まであった覚醒剤系の人気ハーブで、筆者も喉を傷めるくらい吸っていた時期もある。今は反省している)
  • 「ハートショット、使用はブラックだったが、絶対勧められない! 少量使用で意識混濁して後にぶっ倒れた。記憶は全くないが、意識の無いオレを看病していたツレが言うには、ニヤニヤしてたかと思ったら、いきなり襲いかかって来たそうだ。毎度規制の度に迷走するが、今世代の商品は最悪」 (9月18日)
  • 「イヤイヤ、ハートショットは異常。赤蛇、銀蛇をこよなく愛した俺も僅かな量でぶっ倒れた。ただの猛毒」 (9月18日。「赤蛇、銀蛇」はそれぞれSSC社の定番ハーブ「レッドスネーク」、「シルバースネーク」の意味)
  • 「ハートショット 私がやった時は最初「おっ!?結構強くてよさげ?」って感じたけどそこから記憶が無い・・・・ 一緒に居た友人が言うには泡吹いて舌を噛んでいたらしい おかげで今現在舌を怪我して飯もまともに食えない状態になってる・・・・ 友人がやった時は奇声上げて暴れた後倒れて泡吹いてたわ 唇紫色になってヤバイと思ったな・・・ 二人ともタバコの先端にちょい付けでお試し感覚だったんだけどな 仁や剛 海老や蟹 とか結構気に入ってたんだけど・・・ハートショットはマジ無理だわ」 (9月19日)

 おそらく、9月16日のものがネット上における最初期のハートショットの有害性報告ではないだろうか。ハーブwikiは閲覧者数が多く、ここの掲示板でこういった報告が出たことは、ユーザーの多くが「ハートショットは危険である」という認識を持つことに一役買った。これらの報告者は死ななかったからこうして投稿できたのであるが、その陰には物を言えない死者が累々と横たわっていたのである。死の淵から生還した人たちがこういった体験談を書かなければ、知らずに購入して不慮の死を遂げる人はもっと多くなっていただろう。

 一方、一部の報道機関は早い段階からこのハートショット問題を取り上げ始めた。第一報は筆者がウェブ上で調べた限りでは9月18日で、スポニチアネックスで「危険ドラッグで心肺停止 札幌の販売店で購入」という記事が出た。この記事では札幌市のハーブ販売店「ハーブショップキング」でハーブを購入した客のうち、約10人に心肺停止や意識障害が生じたことが報じられているが、「ハートショット」という製品名は登場しておらず、「命に別条はないという」としている。翌9月19日には毎日新聞からほぼ同じ内容の記事が出たが、こちらでは「ハートショット」と製品名を明記している。9月23日には、薬物問題に詳しい小森榮弁護士が自らのブログで「危険情報の発信を|札幌で危険ドラッグによる中毒続発」という記事を書き、その中で前記の毎日新聞の記事を紹介しつつ、「こうした事態が把握された場合には、まず何よりも、危険情報を発信し、新たな危害の発生を食い止めることに重点が置かれなければなりません」と述べ、実際的な対策法をいくつか例を挙げて提言している。このブログは違法薬物や脱法ドラッグの問題について精力的に取り上げており、ある程度意識の高いドラッグ愛好者であれば時々目を通す場所である。しかし、まだこの段階では地域ニュースに過ぎなかったし、死者が出たことは報じられていない。一人暮らしで中毒死した場合には発見が遅れただろうと思われる。その後、10月17日には警察庁の調査を元に「ハートショットにより2週間余りで9人死亡」という報道が出たが、その1ヵ月前にはすでにハーブwikiの掲示板にユーザーの被害報告が載っていたのである。

 時を同じくして、厚生労働省を中心とした日本政府は2014年秋ごろから、脱法ドラッグ販売サイトを管理するプロバイダーに要請し、どんどん販売店のサイトやブログを閉鎖させていったのである。一部の販売店は、海外のサーバー業者と契約して新たなサイトを開いたりして対抗したが、生き残れたネットショップはごく一部である。ただし、ツイッターで活動している脱法ドラッグショップのアカウントまでは削除させる権力が及ばなかったのか、こちらは大分生き残っているようだ。しかし、日本政府のサイト削除圧力は販売サイトだけではなく、前述のハーブwikiのような、単なる情報交換サイトにまで及び始めたのである。ハーブwikiと姉妹サイト「アロマwiki」は11月に突如アクセス不能となり、筆者が管理人にメールで確認したところ、厚生労働省がドメインのレジストラ会社に圧力を掛けたのが原因だったとの回答があった。

 では、読者の皆さんに想像してもらいたいのだが、もしこの強制閉鎖が2か月早く実施されていたとしたら、あるいはハートショットの登場が2か月遅かったとしたら、ハートショットの被害者数はどの程度になっていたのだろうか? 情報のない五里霧中の状態では、危険予知は不可能である。ハートショットは実際にはカンナビノイド系ハーブだったが、当初誤って「アッパー系ハーブ」と紹介していたサイトがあったため、アッパー系が好きな筆者も買って試していた可能性だってあるのだ。厚生労働省は国民の健康被害を防止する役所のはずなのだが、今回の対応については正直言って彼らの思考回路を理解できない。いや、むしろハートショットによる死者数が「今年の10大ニュース」に入るくらい膨大になっていた方が、脱法ドラッグの危険性を強烈に印象付ける「ショック療法」になるから、取締り側としてはうれしい結果になったのだろうか。

 また「ケミカル総合」という掲示板は、国内の脱法ドラッグの話題よりも海外からの未規制向精神薬輸入の話題がメインだったが、ここも圧力で閉鎖させられており、有志が作った避難所もやがて消滅してしまった(おそらく圧力だろう)。このように、全くドラッグの販売も宣伝も行なっていない掲示板サイトまで消滅させるという行為を見ていると、まるで中国のインターネットのようだと感じる。

これからの脱法ドラッグ

 前述のように、現在は薬機法の指定薬物への指定が1か月に1回のペースで行なわれているので、これに対してどう対抗するかが脱法ドラッグ業界の復活の成否を握るカギとなるだろう。厚生労働省は市販の脱法ドラッグを購入して成分を分析しており、検出された薬効成分の中から次回の規制対象化合物を決定している。2014年夏までは、ユーザーに好まれる化合物(日本政府からは嫌われる化合物)を配合したドラッグがショップで売り出され、それが買い上げ調査により分析されたとしても、規制のペースは数か月間隔であったので販売停止までの時間には余裕があった。しかしそれ以降は、下手をすると新規化合物を採用しても1~2か月で使用不能になってしまう可能性が十分にある。

 現在の脱法ドラッグ業者は、規制までのカウントダウンが始まるのを回避すべく、買い上げ調査の「魔手」からいかに逃れるかについて、知恵を絞って考える必要に迫られている。もし、買い上げ調査が及ばないようなクローズドな販売形態の構築に成功した業者があれば、そこの商品に採用している化合物は長期間規制されないと予測できるため、安定して販売することが可能であるし、ユーザーも毎月の規制にビクビクしないで済む。しかし逆に言えば、買い上げ調査が及ばない販売ネットワークの中では、秘かに違法薬物を配合し放題だという事も意味するのだが……

摘発不能な違法薬物――THCオイル流行の可能性?――

 なお、筆者は今後、大麻取締法の抜け穴を突いたTHC入りオイルが流行する可能性があると予想している。THCとCBDは大麻の薬効成分であるが、これを直接吸煙しても、本物の大麻を吸った時と同じような薬効が得られるのだ。そして、もともとカンナビノイド系脱法ハーブは、「大麻の代用になる合法な物が欲しい」と思っていた層に人気があったのだが、JWH‐018など初期に人気があった化合物はあらかた規制され、いつの頃からか、カンナビノイドという名は付いていても大麻に似ても似つかぬ強烈で劣悪な薬効を持つ化合物ばかりが残ってしまい、最終的には2014年秋のハートショット騒動のように、猛毒としか言えないレベルの物が出回るに至った。初期の世代の頃に脱法ハーブを愛用していた人は、とっくに現在の脱法ハーブに見切りをつけていると言われる。しかし現在、本物の大麻と同じ薬効を持つTHCオイルが出回れば、彼らは探し求めていたものに再び出会えることになる。

 そこで当然生じてくるのが、「THCオイルは違法薬物ではないのか?」という疑問である。実は日本の法律ではTHCに対する規制は複雑で、製造方法によって違法薬物になるかどうかが変わってしまうのである。

  • THCを大麻から抽出するのではなく、化学薬品から人工的に合成した場合、そのTHCは麻薬及び向精神薬取締法の麻薬指定物質とみなされる(所持、販売、摂取ともに禁止)。
  • 大麻の葉や花からTHCを抽出した場合、そのTHCは大麻取締法により、大麻の葉や花と同様、所持や販売が禁止される違法薬物とみなされる(摂取は非処罰)。
  • 大麻の種子や、成熟大麻の茎からTHCを抽出した場合、そのTHCは所持も販売も摂取も禁止されていない、完全に合法な物質として扱われる。
    (なお、この法解釈が正しいことを厚生労働省の監視指導・麻薬対策課に電話で確認した人が、その録音をYouTube上で公開していたのだが、本章の執筆にあたって再度見ようとしたら、理由は不明だが消滅していた。あまり陰謀論には踏み込まないが、筆者はどうしても前述のハーブwikiやケミカル総合が削除された時のことを思い浮かべてしまう)

 つまり、「大麻の種子由来のTHC入りオイル」は、七味唐辛子の中に入っている麻の実(大麻種子)や、鳥の餌として売られている麻の実と同様の扱いになる、と言えばわかりやすいだろう。つまり、同じ「THC」という化合物であっても、どこから出て来た物なのかによって、法律上の取り扱いが完全に分かれてしまうのである。

 ただし、THCは大麻の葉や花には多く含まれるが、種子や成熟大麻の茎にはほとんど含まれず、種子500g~1kgでようやくマリファナタバコ1本分となる(鳥の餌用の麻の実は500gで500円程度)。このように抽出コストが高すぎて商用にするには難しいという問題はあるが、コストを度外視してTHCを抽出して濃縮したオイルを作ったとしたら、高価ではあるが完全に合法な「液体大麻」となるのである。そして、これは電子タバコ用ヴェポライザーに入れれば加熱吸煙が可能である。

――余談だが、ヴェポライザーには数種類の方式があり、高価格帯の物は大麻や脱法ハーブを葉のまま加熱して煙を吸うことも可能だし、覚醒剤入りの溶液も吸煙できるという。今後、ヴェポライザーが違法薬物の摂取に用いられ始めた場合、薬物が電子タバコ純正のリキッド容器に詰め替えられていれば、警察官が持ち物を見ても本来の電子タバコユーザーと区別がつかず、取締りの現場に混乱が生じるだろう――

 ここで多くの読者は、「もし警察官がそのTHCオイルを没収した場合、合法な物なのかどうかを判断できるのだろうか?」と思うだろう。「人工合成されたTHC」と「天然由来のTHC」を比較した場合であれば、光学異性体の比率などを検査すれば判別可能とも考えられる。残念ながら筆者は分析化学には詳しくないため、「大麻の葉・花由来のTHC」と「大麻の種子由来のTHC」の判別が可能なのかどうかは分からない。

 ここからは筆者の空想が半分入っているが、もし悪知恵の働く業者が、「大麻の葉や花由来のTHCオイル」(違法製品だが、安価に製造できる)に、「この製品は大麻の種子由来の合法THCオイルです」というラベルを貼って出荷した場合、一体どういうことになるだろうか? 警察官が検査機関に送らずにその場で即座に違法物品だと判定することは不可能だろうし、たとえ精密な検査をして、その製品が実は種子由来ではなく葉や花由来のTHCを原料に使用していることが判明したとしても、購入者が「種子由来の物だと書いてあったのを信じて購入した」と言えば、罪に問えない可能性も高い。こうなると警察としては正体不明のTHCオイルを発見しても、不起訴になる可能性を考えておいそれと摘発するわけにはいかなくなる。この問題に対して政府の取り得る対策としては、THCオイルの外国からの(密)輸入を食い止めるか、大麻取締法を改正して抜け穴をふさぐという形が考えられる。しかし筆者は思うのだ。大麻やTHCオイルは、脱法ハーブなんかよりもはるかに安全なのに、躍起になって取り締まる必要があるのだろうか……と。

依存性薬物をやめるには

 覚醒剤をやめた場合に起こる離脱症状(禁断症状)は、数日間続く眠気や憂鬱感(人によっては軽い頭痛も)くらいであり、耐えられないようなものではない。しかし精神的な依存性は強いため、どうしてもやめられない人も多く、近年は新しい断薬法も現れている。ここからの説明は覚醒剤のような身体的依存の弱いドラッグ向けのものであり、オピオイドやアルコール、ベンゾジアゼピン系睡眠薬のように身体的依存が強い物質は、スパッと断つことが難しい場合も多いため、適切な方法を読者ご自身で調べた上で実行して頂きたい。

 最近日本で開発された興味深い方法に、「条件反射制御法」というものがある。これは専用の疑似注射器を用いて、覚醒剤を静脈に注射することを想像しながら注射のマネをするという方法である。疑似注射器には複数の種類があり、プランジャーを引くと内部に静脈血を模した赤インクが出てくる物(ニプロという本物の注射器メーカー製だ)もある。本物の覚醒剤を注射した場合は「注射直後に生じる強い快感」と「注射をする行為」が、中脳の報酬系を介して結びつき、脳内に強く記憶されて忘れることができない。しかし、疑似注射器を使用した場合は薬物が体内に入らないので、「全く快感が起きない」という感覚と「注射をする行為」が脳内で結びつき、快感の記憶を上書きするのだ。なお、炙りで摂取していた人に対しては、薬効のないプラシーボ(偽薬)を炙る「疑似炙り」という方法が用意されており、ミュージシャンのASKAは、この方法で覚醒剤依存症を克服しようとしている。

 他にも下記のような方法がある。

  • 薬物を共に使用していた友人との連絡を絶つ。近所に住んでいるため外で顔を合わせてしまうなど、それが不可能である場合は引っ越す。
  • 薬物を摂取したくなったらとりあえずオナニーをするのがよいという意見がある。男性の場合、射精後は薬物に対する渇望が消えている場合も多い。

 薬物依存になりやすいかどうかは、遺伝子によって決まる部分が多い。同じドラッグをやっても簡単にやめられる人もいれば、一度やっただけでやめられなくなる人もいる。もし自分が他人と比べて断薬に失敗していると感じても、必ずしも自分の根性が足りないのだと悲観はしない方がよい。

依存症の三大要因――精神的依存・身体的依存・社会的依存――

 薬物依存の分野では、下記の二つの種類の依存が薬物再使用の原因だとされる。

  • 精神的依存 (薬の快感を思い出した時、また使いたいという渇望が生じるため、再摂取してしまう)
  • 身体的依存 (薬が切れると体に痛みが走るなどの禁断症状が生じるため、耐えられずに再摂取してしまう)

 筆者はこれに加えて「社会的依存」という第三の大きな原因が存在すると考えている。つまり、本人が断薬したいと考えていても、本人を取り巻く社会環境が薬物使用を後押しする方向に働くため、薬物依存からの脱却が困難になってしまうというものである。それは例えば前述したような「薬物の使用を誘ってくる周囲の友人」の存在だったりもするし、次に述べる「薬物の力を借りなければ学業や仕事ができなくなるという圧力」だったりもする。

 著名人の例を挙げてみよう。覚醒剤使用で何回も逮捕されて、ある意味伝説となっている芸能人・田代まさし氏は、最近出した漫画形式の自伝『マーシーの薬物リハビリ日記』で、「テレビで活躍していた時期は、アドリブでギャグを言ったりするような咄嗟の判断力が要求されたが、一時的にスランプだった時、ディレクターが『最近ノリが悪いんじゃないの? 今のままじゃ仕事なくなっちゃうよ』と言って白い粉を強く勧めてきた」、「その後、覚醒剤を抜いた時はギャグのキレもなくなってしまったので、仕事で活躍するために覚醒剤を使い続けることを選択してしまった」ということを告白している。このように、仕事上の必要性から薬物を使い続けてしまうのが典型的な社会的依存である。まあ、彼の場合は芸能人としての仕事がなくなってからも薬物をやっていたから、社会的依存ばかりが理由ではないが……。また、先に述べた坂口安吾が覚醒剤ゼドリンを常用するようになったのも、仕事が多くて多忙だったことが原因である。他にも長距離トラックの運転手が長時間の運転時の眠気をなくすため、コーヒーでは物足りずに違法な覚醒剤に頼るという例や、アメリカの大学受験生や研究者が、ライバルに勝つために医療用アンフェタミンを服用して試験などを乗り切ったりするという例などがある。

 「仕事のために薬物が必要」という社会的依存から抜け出す方法は、もはや薬物依存症の治療法の範囲を超えている。覚醒剤の流行を抑えるためには、国家による薬物密売の取り締まり強化や、新種の薬物の早期規制をすることも重要だが、一人一人の人民の力で、ブラック企業のような資本家の暴虐に対抗し、労働者を酷使する社会から脱却していくことにより、依存症の三大要因から「社会的依存」の存在をなくしていくことも重要であろう。

参考文献

  • 内藤 裕史 『薬物乱用・中毒百科―覚醒剤から咳止めまで』 丸善 (2011年)
  • 佐藤 哲彦、吉永 嘉明、清野 栄一 『麻薬とは何か―「禁断の果実」五千年史』 新潮社 (2009年)
  • 溝口 敦 『危険ドラッグ 半グレの闇稼業』 角川書店 (2015年)
  • 弁護士小森榮の薬物問題ノート (http://33765910.at.webry.info/

Special thanks

 小森榮様には劇薬指定の経緯について教えていただき、鮠乃屋(はやのや)様にはリタリンとうつ病の記述についてアドバイスをいただき、ハイアンドハイ様には貴重な摂取体験談を教えていただきました。また他にも多くの方に文章へのご意見をいただきましたことを感謝いたします。

(2015年10月7日)

編集後記(出版後)

本当は、もう少し書きたいことがあったのですが、書いているうちに上限字数の3万字をオーバーしてしまい、少し削らなければなりませんでした。例えば、依存性薬物をやめる方法などについては、やや書き足りなかった感があります。

あと、MDPVについて「MDMAの原料として流通が監視されている「ピペロナール」という化合物を原料に使用するため、製造可能な国が限られてしまい、コストも高くなる。このため、類似物質のα-PVPの方がドラッグ市場に出回りやすい」と書きましたが、その後色々調べてみると、ピペロナール以外の原料から合成することも十分可能であり(ただしコストが安いとは限らない)、必ずしも原料規制を回避する方法がないわけではないようです。また、MDPVの塩酸塩はガラスパイプで加熱吸煙する際に焦げやすいという情報もあり、この事もMDPVよりα-PVPが好まれる一因である可能性があります。

なお、この文章の執筆は全て11日間で行われましたが、その間、特に脱法ドラッグや違法薬物は摂取せず、葛根湯(第一三共のカコナール)、ブプロピオン(グラクソスミスクラインのウェルブトリンXL)を服用し、コーヒーをがぶ飲みしながら書き上げました。

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